エルマウ・サミットで再認識されたG7の役割

高瀬淳一 RINGS所長(G7サミット・リサーチユニット),世界共生学科教授

はじめに

 2022年6月26-28日にドイツ南部のエルマウで開催されたG7サミット(主要国首脳会議)は,ロシアのウクライナ侵攻を受け,改めて民主政治,自由主義経済,国際法の遵守といった価値観を共有する「主要国」の結束の重要性を確認する機会となった。また,気候変動対策に加え,途上国に対して食料,保健衛生,インフラ等での支援を表明するなど,喫緊のグローバルな課題についても,主要7か国のメカニズムであるG7(group of seven)が,有効かつ率先して取り組む能力と意志があることを内外に示した(注1)。

 本稿は「エルマウ・サミット」を振り返りながら,G7サミットの特徴を改めて確認しようとするものである。 

1.危機対応能力:ロシアのウクライナ侵攻とG7の国連補完機能

 ロシアのウクライナ侵攻は2022年2月24日に発生した。これに先立つ2月19日,G7は外相会合を開いてロシア軍の配置に関する「重大な懸念」を表明し,侵攻した場合にロシアに課せられる経済制裁が厳しいものになることを予告した。さらに22日にもG7外相は電話会合を行い,ロシアによる「ドネツク人民共和国」と「ルハンスク人民共和国」の独立承認について,これを国際法違反であると非難した。

 侵攻が始まるとG7はただちにオンラインで首脳会合を開催した。G7首脳は「プーチン大統領は欧州大陸に再び戦争を持ち込んだ」と非難し,協調してロシアに対する経済・金融制裁の実施に踏み切ることで合意した。

 その後,エルマウ・サミット開催までに,外相会合は6回(2月27日,3月4日,3月17日,4月7日,5月1日5,6月24日),首脳会合は3回(3月24日,4月7日,5月9日)開催され,いずれもウクライナへの人道支援やロシアへの経済制裁について具体策を協議し,発表してきた(そのほか3月11日にG7首脳名でロシア非難声明を発出)。この間,国際組織で明確にロシアへの制裁を決定・実行したのはG7だけであった。

 この間,国際連合では緊急特別総会が3回開催され(3月2日,3月24日,4月7日),3つの決議が採択された。1回目は即時停戦の呼びかけ,2回目は民間人保護,3回目は国連人権理事会からのロシア除名に関するものである。G7と異なり,侵攻前の時点でロシアを制する決定がなされることはなく,また採択された決議が内容に加盟国による経済制裁を含むこともなかった。加えて,この問題に関し,ロシアが常任理事国として拒否権を持つ安全保障理事会は当然機能できず,今回の問題は図らずも国連の限界を如実に示すものとなった。

 エルマウでの首脳会合では,この問題を討議するセッションにウクライナのゼレンスキー大統領がオンラインで参加した。議論を受けて,G7は「ウクライナ支援に関する声明」ならびにロシアに対する制裁に関する「付属文書」を発出した。声明では,ロシアの世界市場からの孤立やロシアの収入減少を引き続きG7が模索していくことなどが約束された。また,G7はメンバー以外にも参加を呼びかけて経済制裁を強化する姿勢を示した。国連が果たし得なかった集団安全保障的な危機対応能力をG7が肩代わりしようとしている姿勢が見て取れるだろう。

2.多様な課題への指針の表明:G7のグローバル・リーダーシップ機能

 G7サミットは軍事同盟ではない。NATO(北大西洋条約機構)があることから,旧ユーゴの地域紛争などにおいても直接的な介入には慎重だった。議長国が提示する議題も主要国の経済政策の調整や地球規模の社会問題などが中心で,安全保障問題だけに特化したサミットはなかった。事実,各地の政治情勢や軍事紛争への対応の詳細は「コミュニケ」には盛り込まれず,別に「議長声明」を出してG7の意思を示すのが慣例となっていた。

 今回のエルマウ・サミットの議論を取りまとめた「コミュニケ」も,気候変動問題から始まっている。メディアの報道等では,今年はウクライナ問題を話し合うためのサミット,といった印象が先行したが,G7首脳会合を特徴づける「議題の多様性」は2022年についても堅持されている。それは以下の3点からも明らかである。

① セッションの内容

 エルマウ・サミットで3日間に行われた首脳会合は7つを数えた。初日はG7首脳だけで,「世界経済」(ワーキングランチ,気候クラブ創設を含む),「インフラ・投資」,「外交・安全保障」(ワーキングディナー)の3セッションを,2日目は「ウクライナ情勢」(ウクライナ大統領がオンライン参加),「気候・エネルギー・保健」(ワーキングランチ,ゲスト国の首脳や国際機関の長も参加),「食料安全保障・ジェンダー平等」(ゲスト国の首脳や国際機関の長も参加)の3つのセッションをこなした。そして最終日は再びG7首脳だけで「多国間主義・デジタル・G20の在り方」を議論した。7つのセッションのうち,ウクライナ問題に充てられたのは初日のワーキングディナーの一部と2日目の午前中のウクライナ支援に関するセッションだけであった。

② 文章量

 セッションに見られる議論の多様性は,当然,成果文書にも反映されている。たしかにG7は,上述のように,ロシアのウクライナ侵攻に関連した2文書を発表したが,ほかにも重要な政策協調として「気候クラブ」,「食料安全保障」「強靭な民主主義」「公正なエネルギー移行パートナーシップ」についての4文書が,「コミュニケ」とは別に発表された(注2)。

 このうち,民主主義とエネルギーについての2文書には,G7だけでなく,今回のゲスト国も名を連ねた。ゲストには注1に示したようにアフリカや中南米の地域機構を代表する国が含まれている。こうした点を考慮すると,この文書の合意は単なる参加国の政治的メッセージ以上の意味合い,すなわちグローバル・ガバナンスの促進主体としてのG7の存在意義を意識したものと言えるだろう。

 また,「気候クラブ」は,気候変動対策を積極化させるための新しい国際的な枠組みの創設宣言である。G7以外の参加を前提としている点で,ここでも「G7主導」での政策協調の拡大が意図されている。

「コミュニケ」の内容だが,議長国が設定した議題別に文書量を見ると以下のようになっており,議論が多岐に及んだことが見て取れる(注3)。たしかにウクライナ問題や安全保障問題に多くの文言が用いられているが,「気候・エネルギー」についても記述が顕著に多くなっている。

気候・エネルギー2312
環境(生物多様性等)618
世界経済と金融524
貿易・サプライチェーン1059
雇用・公正な移行448
コロナ感染症対策602
国際保健471
持続可能なインフラ457
開発支援513
外交・安全保障政策2780
ジェンダー平等495
過激主義、偽情報、外国の干渉及び腐敗603
デジタル化673
エルマウ・サミット「コミュニケ」の内容量(公式英文の語数)

 また,「コミュニケ」で使用された語彙の特徴についてワードクラウドで頻度分析すると,次のようになる。緑で示された形容詞を見ると,当然よく使われるであろうinternational, globalに次いで, human, sustainable, economicが多く利用されている。一方,青で示された名詞では特別に多く使われているものがない中,energy, climateといった単語が比較的目立つ位置を占めている。いずれも「気候・エネルギー」に関連した単語である。

 このように,公式文書数,政策別文書量,利用単語数のいずれも,今回のサミットの中心テーマが「ウクライナ」と「気候変動」の2つだったことを示している(注4)。また,中心テーマに加えてG7首脳が多岐にわたる問題を網羅的に議論したこともわかった。

③ コミットメント数

 エルマウ・サミットで発出された文書全体に含まれるG7の「コミットメント(約束)」の総数は,G7サミット研究の第一人者John Kirton氏が率いるトロント大学G7研究センターのまとめで547(注5)。その内容は,議論したテーマの広がりを反映し,多様なものとなった。

政策分野全文書コミュニケ
地域の安全保障6319
気候変動5841
エネルギー5132
人権4424
民主主義4215
保健4135
環境3633
食料・農業254
デジタル経済2523
ジェンダー2218
マクロ経済1914
貿易1911
犯罪・腐敗166
平和と安全保障152
開発1411
労働・雇用1313
インフラ85
核不拡散77
国際協力65
テロリズム32
その他93
トロント大学G7研究センターのまとめに基づく

 以上,見てきたように,ウクライナ問題への喫緊の対応を迫られる中にあっても,エルマウ・サミットは世界経済や気候変動といったグローバルな課題への指針の表明を忘れなかった。グローバル・ガバナンスの担い手としてのG7の活動は粛々と続けられていたのである。

 来年の広島サミットでは,開催地の特質からして,東アジアの安全保障環境を念頭に置いた「核不拡散」の議論が行われることは間違いない。そのほかの中心議題については,日本が議長国となる2023年1月以降に決定される。あらゆるグローバル問題を扱いうるG7の特質を踏まえ,岸田政権がどのようなテーマを掲げるか,今後も注目していきたい(注6)。


(注1)エルマウ・サミットには,G7(日米英独仏伊加とEU)の首脳に加え,ゲスト国として,インド,南アフリカ,インドネシア(G20議長国),セネガル(アフリカ連合議長国),アルゼンチン(ラテンアメリカ・カリブ諸国共同体議長国)の首脳,ならびに国際連合をはじめとする8つの国際機関の長が対面で一部の首脳会議に参加した。

(注2)そのほか,前日に起きたウクライナ中部のクレメンチュクの商業施設に対するロシアのミサイル攻撃を非難する緊急声明も出された。

(注3)数値は英語の語数。前文などを除く具体的政策部分のみ。議題名については筆者が一部を省略あるいはわかりやすく修正した。

(注4)この点については,緑の党も政権与党になっている議長国ドイツの政策スタンスを反映したものと見てよい。

(注5)http://www.g7.utoronto.ca/evaluations/2022elmau/kirton-performance.html

なお,G7の枠組みでは首脳会合のほかに各政策分野の大臣会合からもコミットメントが随時発表されているが,これらについては今回の分析には含まれていない。

(注6)筆者のG7サミットに関する他の論考は個人HPをご参照ください。https://takase.nufsrings.org/index.html